2008年10月7日火曜日

Tの趣味 その2

 さて、私の趣味についての2回目です(いやいや、皆さんはそれほど興味ないとは思いますが・・・)

 私にとって「至福の時」という表現は、「好きな曲を聴きながら、ミルクティーを飲んで、煙草をふかして、本を読むふりをして、寝ちゃう」ということです。

 なので、今日はいわゆる「本」の話。

 え~、世の中には、多分「愛書家」に分類される方々がいらっしゃいます。この方々は、「書籍」そのものを愛していらっしゃいます。 
 「読書家」という方ももちろんいらっしゃいます。
 「ミステリマニア」、「SFファン」、「文学少女」などなど。極め付きの方々は「書痴」なぞと呼ばれるわけです。

 でも、私はたぶん「活字中毒」が一番近いのでしょう。(ニコチン中毒でもあります)

 「文学少女」が、日経新聞を読みふけるという図はあまりふさわしくないですよね。ミステリマニアは、ひょっとしたら時刻表に没頭することはあるかもしれません(鉄道ミステリファンのことです)

 私の場合は、とにかく「活字」であれば読んでしまうというものでして、「日経新聞」だろうが、「時刻表」だろうが、他にもっと読みたいものがなければ、読みます。

 典型的な例が、地下鉄などの中づり広告などは、全部読む(電車が空いていて、本や雑誌を持っていない場合は、車両を移動しながら読むことさえあります)、雑誌は、表表紙から裏表紙にいたるまで、広告を含めて全部読む、新聞もそう、いわゆる書籍に関しては、ほぼノンジャンルでして、読まないのは洋書くらいです(いや、「読めない」というのが正しいのですが。)

 これは、別に自慢をしているつもりではなく、そういう性質なので、仕方ないというところです。それにこの件で得をしたり、ほめてもらったことはあまりありません。

 つまり、「活字を眼で追っている状態」というのが、いわば「快感」なのです。

 なので、この快感を長く感じ続けようと思うと、必然的に「厚い本」が好きということになります。

 しかし、ノンジャンルで読みますといっても、やはり「どちらかといえば」というものはありますので、電話帳や辞書よりは、「ハラハラドキドキのサスペンス」や「どんでん返しのミステリー」や「血沸き肉踊るアドベンチャー」、「男が男であった時代小説」などが、より好ましいので、できればそれらを読みたいということになるわけです。

 さらにそのようなエンターテイメントの中でも、優劣ではなく、より好ましいというレベルで、「長いもの」を好むわけですね。

 たとえば「三国志演技」、「西遊記」、「水滸伝」といった中国もの。
 これは、何べん読んでも飽きないので、大好きです。

 シリーズものもいいですね。「ペリーローダン」と「グインサーガ」は、老後のためにとってありますが。

 とにかく、厚い本で、長い物語で、できれば終わってほしくないのです。だって終わったら、次の本を探さなきゃいけないでしょ。

 その点では、歴史書は、はるか昔から、私が生きている時代まで、延々と終わってない、多分私の命の方が、j人類の歴史より先に終わると思われますので、好都合です。

 日本史、東洋史、西洋史の本はたくさんありますよね。塩野七生さんの「ローマ人の歴史」とエドワード・ギボンの「ローマ帝国衰亡史」を並行して読んでいると、一層長く感じられて、たまりません。

 最近では、失礼な言い方ですがマイナーな国や地域の歴史書もだいぶ出版されていますので、わくわくものです。イスラム史、ユダヤ史は現代人としていうに及ばず、「フェニキア史」や「西ゴート史」、「エチオピア史」に「インドネシア史」など、無責任に読みふけってます。
 
 人類が誕生する前の「歴史」(といっていいかどうかは疑問ですが)は、なにしろ経過時間のスケールが違うので、これもわくわくします。バージェス頁岩なんて、わけが分からないほどの時間が凝縮しているわけですから・・・

 で、これらはわたしにとっては、純粋な「快楽」のために読んでいるわけです。
 よく誤解されますが、なにも教養とか知識とか、生きる知恵とかを身につけるためでは、決してありません。
 ただただ、「活字中毒」なのですから、「禁断症状」「離脱症状」が出ないようにしているだけです。

 ですから、間違っても私に、「その本の感想は?」などと聞かないように。

 「読んでて、気持ちよかった」というのが本音なのですから・・・

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